林医師の旅行記:ペルー

 ペルー共和国は南アメリカ西部に位置しています。1990年から2000年まで藤森大統領が統治したことでも親しみを感じる国です。スペインに強奪されて貧乏国になってしまったことも関係していますが第二次世界大戦後は債務不履行になり、治安も悪化し、軍事政権になったりしましたが、現在は大統領制になっています。地下資源も多い国ですが、テロ事件などが多くて治安が悪く、前途多難です。

 

 インカ帝国は首都をクスコに定め、南アメリカのペルー、ボリビア、エクアドルを中心に13世紀に成立し、1533年にスペイン人たちに滅ぼされるまで続きました。インカ文明は鉄も、車輪も、鉄砲もない平和的な文化だったようです。スペインの略奪はすざましいもので、太陽神殿の大きな石の隙間に金の延べ板を挟んであったのを見つけ、その神殿を壊して金を奪って行ってしまったというのです。そのようにしてインカ帝国から奪っていった金銀財宝のためにヨーロッパの金相場が半分に暴落したとのことです。インカ帝国が倒れた後も、新たなスペイン人たちの統治者は人々に過酷な弾圧政治を繰り返し、インカ文明もペルーも完全に破壊されてしまいました。

 

標高3,600mで、ペルーの南東部に位置します。

インカ帝国の首都。クスコの街に残っているインカの遺産。全ての石が隙間なく積み上げられています。このような大きな岩をどのようにして細工したのでしょうか。当時インカ帝国には鉄も車輪もなかったのです。

形の違う石を組み合わせています。永い間には地震もあったでしょうが、現在も隙間も歪みも見られません。

インカ帝国の首都、クスコの街の中に残っている石垣。

 

 

北京

 1,100年ころに建造されたというクスコ郊外のサクサイワマン遺跡。クスコの西にある巨石による石組が階段状に3段ずつ作られている遺跡です。ペルーの人たちは時々ここの広場でサッカーを楽しんだりしているようです。

これらの巨石を整然と組んだ古代インカ人の偉業は想像を絶します。車輪もクレーンもなかったのです。

右の上の方にいる人たちと大きさを比較して下さい。

 

ティオティワカン

 スペイン人に占領された後、過酷な税金などを避けるために浮き草で島を作ってそこで生活を始めたのが起源のようです。これらの島に700人ほどの先住民が生活しています。厚さ1m以上にトトラを敷き詰めて島を作ってあるのですが、下の方の草が腐ってくるため、浮島が沈んでしまわないように常に新しくトトラを補充しなければならないのです。チチカカ湖の水を汲んで来て水質調査を大協精工株式会社にクロマトグラフィーで分析していただきました。塩分が検出され、かつては海底だったけれど、地殻の変動で標高3,800mまで押し上げられたという説を裏付ける結果でした。

 

チチカカ湖に浮かぶ浮草で作ったウロス島。島全体が「トトラ」と呼ばれる葦でできた浮島です。

 

北イタリア

マチュ・ピチュはペルーのウルバンバ谷の山の上に位置するインカの遺跡です。標高2,000mに造られていて空中都市とも呼ばれています。段差があり、石の建物が約200戸あるとのことです。石組もしっかりしていて隙間が空いているところは数か所しか目にしませんでした。

近くの山、ワイナピチュから見下ろしたマチュ・ピチュ。段々畑は高い場所に、住居は低い場所に造られています。遠くの山から引いてきた水路を通って今も水が流れています。

マチュ・ピチュの一番高いところにある石。

ワイナピチュの山頂まで作られていた段々畑。

 

 

モロッコ

ナスカの地上絵はペルーのナスカ川辺りの乾燥した盆地状の高原の地表に幾何学模様、動物や植物の絵などが描かれています。

ナスカの地上絵。「宇宙人」として有名ですが、このような斜面に頭を下にして描かれています。

有名な「ハチドリ」。