林医師の旅行記:インド

 インドは南アジアにあり、インド亜大陸を占める連邦共和国です。1947年、イギリスがインドの独立を認めた時にインドとパキスタンという2つの国に分かれて独立しましたが、境界部分にあるカシミール地域の領有権を争ってインド、パキスタン、中華人民共和国などが三つ巴になって争っています。
 インドは1回行くと、もう行きたくないという人と何度も行きたくなる人がいると言われていますが、私は4回行きました。デリー、アーグラ(タージ・マハル)、バナラシ(ガンジス川)の3つの主要な観光スポットを巡ったのが最初でした。その時は『医者からもらった薬』を白馬出版から出版する準備中だったのでその校正原稿を持って行ったのです。昼は観光、夜は校正で充実した旅でした。

 2回目の旅はアジャンタ、エローラを廻りながら、アーグラとバナラシを再訪問しました。

 3回目は南インドのマドライ、コモリン岬を中心に、4回目はカルカッタとバンガロールを訪れました。バンガロールは南インドの高原にある軽井沢のような高級避暑地で、IT産業、ハイテク産業の中心地にもなっています。

 

インド北部アーグラにあるタージ・マハルは1632年から20年以上を掛けてムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが死去した奥様のために建築した総大理石の墓廟で大理石、碧玉、翡翠、トルコ石、ラビスラズリ、サファイアなどが嵌め込まれていて何とも言えない美形のため、2回も訪れてしまいました。

正面の池に映るタージ・マハル。

タージ・マハルの象嵌細工などが素晴らしい。

ヤムナー川を隔てたタージ・マハルの遠景。

 

 

 ガンジス川沿いに位置する都市で、町の郊外には釈迦が初めて説法をしたサールナート(鹿野苑)があります。ヒンズー教徒がバナラシの聖なるガンジス川近くで死ぬと辛くて苦しい輪廻から解き離されるとされているため、死が近くなるとバナラシ近くで生活し、亡くなった時には火葬場で荼毘に付されて遺灰をガンジス川に流してもらうのが理想とされているとのことです。そして、人々は死体や遺灰などが流れるその聖なる川で洗濯したり、顔を洗ったり、沐浴をしたりするのです。尼僧の瀬戸内寂聴さんがガンジス川で沐浴したシーンをテレビで見て、私も沐浴をする決心をして行ったのですが、降り続いた雨で泥水になっていたので、2回目も足首までの沐浴になってしまいました。

 

  

ガンジス川観光舟の船頭さん。

ガートで沐浴する人たち。

ガートで沐浴する人たち。

ガートで沐浴する人たち。

亡くなった人たちを荼毘に付しているところ。24時間荼毘の煙が絶えることがないということです。

足首までの沐浴中。

 

 アジャンター石窟群はインド中西部ムンバイの奥の方にあり、ワゴーラー川の湾曲部を囲む断崖をくりぬいた寺院群で中国の敦煌石窟群の原型ではないかと思われます。

 

石窟群の前の道路でガイドさん達と。石窟群の中は仏教寺院になっています。

 

 エローラ石窟群はインド中西部でアジャンター石窟群から離れた場所にありますが、垂直な壁を掘って作られたものです。5世紀から10世紀の間に仏教、ヒンズー教、ジャイナ教など色々な宗教の僧侶たちが生活をしながら製作をしていたとのことです。

 

中央寺院の前で。この大きな寺院は大きな一枚岩を掘って作ったものとのことです。当時は鑿と金槌で掘ったのでしょうから、よほど信仰心が強くなければ成し遂げられない偉業だと思います。

 

モスクの壁面装飾に見られるイスラム美術の幾何学的文様はとてもきれいです。幾何学的文様の選択・配列方法はイスラム的世界観に基づいているとされています。

写真1〜5:様々な見事な文様が見られ、心が洗われる思いがします。

  

写真1

写真2

 

写真3

写真4

写真5