林泰医師の略歴・資格

林泰医師

医療法人社団 三喜会
理事長 林 泰

1943年 長野県 飯田市出身
1962年 長野県立飯田高校 卒業
1970年 千葉大学医学部 卒業
1970年 東京女子医大第二病院神経内科 助手
1980年 東京女子医大学位 授与
1981年 東京女子医大 講師
1982年 有楽橋クリニック 開設
1987年 鐘ヶ淵クリニック 開設
1989年 医療法人社団三喜会 設立
               現在に至る。
<資格・専門>
・日本神経学会認定医
・日本東洋医学認定医
・日本医師会認定産業医
・日本内科学会認定内科医

 

 

【まだ若かった頃】

小学校5年生、自宅の2階にて。

同じ頃 床の間の達磨さんとそっくりでしょう?

大学入試用の写真です。

学者気取りだった頃 浴風会病院勤務時代に大友英一先生、遠藤四郎先生たちの指導の元に終夜睡眠脳波の研究をしていました。

開業して間もなく、診察室で。

 

【国際学会にて】

ハンブルグでの国際学会 東京女子医大第2病院渡邉晴雄教授と

その時のポスターセッションの発表場所。

ドイツの街かどで近所の子供とパチリ。

パリでの安らぎの一時。

シャンゼリゼのエスプレッソはとても苦かった。

 

 

 

私の専門

私は、内科、循環器科、胃腸科、神経内科などを標榜していますが、70歳以上の老年者と若年者の睡眠の比較、老年者睡眠の特徴などを終夜睡眠ポリグラフィーなどの手法を使って研究し、東京女子医大で学位を取得しました。

 大学を卒業して、すぐに入局した東京女子医大第二病院は荒川区にある、下町の中核病院で、色々な疾患を持った患者さんが多く受診されていました。色々な病気の患者さんを診察させていただいたおかげで、特定の専門に偏るという弊害を避けることが出来て良かったと思っています。

 女子医大から、杉並区高井戸にある社会福祉法人浴風会病院へ出張させていただき、大友英一先生の薫陶を得ることが出来ました。老年者の脳波の特徴、老年者の睡眠研究などが主な研究テーマでしたが、1,000名もの人たちが生活している浴風園を控えていて、その人達の健康管理、治療、亡くなった後の臨床と病理の比較検討会(CPC)なども活発で、東京大学第3内科の先生方との交流も有意義でした。加齢に伴う血管を含めて、各種臓器の老化現象を実感できたことが、その後の臨床に大きく資するものがあったと思っています。

浴風会病院に最初に出張した頃の私

2回目に出張 脳波室で大友院長先生と一緒に撮っていただきました

 

 

 

私の診療姿勢

診療方針

 病気の説明とか生活指導などを患者さんのレベルにあった話をするようにしています。病気に対する心構えなども一緒に話し合うようにしています。薬を処方する場合は、薬の実物を添付した手作りの説明書を見せながら薬の説明をしています。また、血液検査などをした場合は、1人1人に成績表を手渡して検査結果や注意することなどをなるべく分かりやすく説明するように心掛けています。

 

生活習慣病の予防医学

 「生活習慣病」と言う言葉をよく耳にすると思いますが、気ままな生活がもたらす動脈硬化と、それによる「脳梗塞」や「心筋梗塞」を予防しようとしています。この様な病気は生活習慣を正しくすると予防できることが多いものです。脳卒中や心筋梗塞の予防を心掛けることにより、高齢者になっても寝たきりにならず、また、他人の世話にならずに活動的な老後生活を楽しめるのです。

 

有楽橋クリニック >>>クリニックの詳細はこちら

 有楽橋クリニックはプランタン銀座の並びのビル4階にあります。そこで、朝7時半から、午後3時過ぎまで内科の診療をしています。場所柄、患者さんは働いている方が多く、健康管理が主体の「職域治療」が中心になっています。

 

鐘ヶ淵クリニック >>>クリニックの詳細はこちら

 墨田区の鐘ヶ淵クリニックは、月・水・金の週3日、午後5時から夜9時までの夜間診療をしていますが、地元の患者さんが中心でいわゆる「地域医療」の典型といえます。

 

 

 お陰様で、平成25年8月31日で満70歳になり、いろいろな方々から古希のお祝いをしていただきました。8月下旬には新橋の居酒屋「大地」に17名の方々が集まって祝っていただきましたし、8月31日には軽井沢のリゾートでお祝いの会、翌9月1には冠古希ゴルフを楽しみました。健康保険証も変わり、気持ちを新たに頑張っていきたいと思っています。